2日目の記録はこちら(リンク)。
1月25日、甲州街道歩き3日目。
昨夜は3時間ほどしか眠れなかった。気持ちがたかぶっているせいだろうか。
食欲はないが朝食を摂って出発。8:30。
天気予報ではマイナス10℃だとかいっていたが、確かに寒い。空気が張りつめている。昨日の装備の上にパタゴニアのナノパフジャケット(ダウンジャケットに似てるが中身は化繊綿)を着る。レインパンツの下はショートパンツをやめてモンベルのトレールアクションタイツに。「タイツ」という名前だが、裏起毛のジャージといった感じ。
第1歩目から膝の裏が痛い。
追分町交差点、二股を左へ。山が近くに見える。
それらしい標柱。
長房団地入口交差点で脇道に入る。
高尾駅前を過ぎる。このあたりが峠を越える前の最後のコンビニ。
西浅川交差点を右折。
小仏関跡。ここから山に入るまでがけっこう長い。
こんな道。
ふつう、この道から小仏峠に登る人はバスを使う。そのバスの終点・小仏バス停には公衆トイレがある。この先、最終日までトイレの少なさに悩まされつづけることになる。
トイレの利用状況を観察し、今日すでに何人かが小仏峠に登ったことを察する(謎のトレーサー能力)。雪山でも踏み跡があればかなり歩きやすくなる。
宝珠寺を過ぎて、登山口を見落としてしまったかと引きかえすが、直進で正解だった。こんなところで道に迷う人間に雪山なんて危険すぎるのではないかと不安になる。
登山口はこんな感じ。こんなとこ歩くのか……。古の旅人に思いを馳せながらいい旅夢気分を味わいたかっただけなのに……。
すぐそばに簡易トイレがあった。
ナノパフJKTを脱いでレインジャケットを着ていると、犬を連れた人が下山してきた。迷彩柄のパンツを履いていたので、ハンティングの訓練なのではないかと推察する(遭難したとき風景に溶けこんでしまったら発見しにくくなるので、普通の登山者は迷彩を避ける)。バックパックにはワカンがくくりつけてあった。
登山開始。トレース(踏み跡)はしっかりしている。すこし行って凍結しているところが出てきたのでチェーンスパイクを装着。
モンベルのもの。雪のニュースを見て出発前日に急遽購入したが、買っておいてよかった。
ゲイターは軽い撥水性があるだけだが、濡れて中に染みこむようなこともなく、快適だった。
白い雪は柔らかくて踏みこめばグリップが利く。灰色っぽくなっているところは凍りついていて、チェーンスパイクか軽アイゼンがないと歩きにくいだろう。
すこしして小仏峠に到着。けっこう広い。
高尾山の方に行って、底沢にくだる道に入る。
こちらはトレースがぐっと減る。
しばらくくだって、舗装路に出る。山道で迷うようなところはない(もちろん無雪期に来たことがある前提で)。
坂をくだって、上の写真でいうと手前側に来る道を取る。
歩いていって中央自動車道の下をくぐる。そのまま行くと丁字路にぶつかるので、左へ。
すこし行って線路の下をくぐる。さらに行くと、20号線と合流。相模湖駅の方に歩く。
道の左側、くだったところにグラウンドがあって、本来はそこを横切るのだが、雪が深く、トレースがないのでパス。
そのグラウンドからのぼってきて、20号線と再合流する地点。これを渡って、坂をのぼっていく。
のぼっておりて、また20号線にもどってこようかというところで階段をおりる。
20号線に復帰。こんな感じ。笹子峠を越えるまではこんな感じの道が続く。歩道はあったりなかったり。
慈眼寺と与瀬神社がある脇道へ。
すこし行って中央道の下をくぐり、一旦20号線からはずれる。
この先の道は好きになれない。すぐ近くにはツキノワグマが来店したことで一瞬有名になったラーメン屋がある。
ここおりるんですか……?
ここ渡るんですか……?
ここ登るんですか……?
俺はいったい何をやっているのか……。
暖かい時季なら蜘蛛の巣がたくさん体についているところだ。甲州街道を歩く物好き以外は足を踏みいれない道なのだろう。
ようやく人間の世界に復帰。
相模湖が一望できる。
次に曲がるところは、湖方面に行く似たような道が多くて、ちょっとわかりづらい。以前来たときは散歩中の人に道を尋ねた。
この道が正解。下の写真の左側にある建物、清水プラスチック工業が目印。
中央道の上を越えてすこし行くと、観福寺というお寺がある。その前の二股を左に行くべきだったが、右に行ってしまった。左に行ったらGoogle Mapにもない細い道があって、そこを抜けたところが下の写真の地点。
このあとまた道をまちがえたが、何とか20号線と合流。歩道が狭くて怖い。
しばらく行って藤野駅に着く。外にトイレがあるので使わせてもらう。上野原まであと1駅だが、都内の1駅とはわけがちがう。
寒くなってきたのでレインジャケットの下にナノパフを着る。これで手持ちの装備をすべて出したことになる。これ以上寒くなったら対応不可能(一応エマージェンシーブランケットは持っているが)。
ここで脇道に。
20号線に復帰するにはこの道をくだる。ちょっとわかりづらい。
名倉入口交差点で左のくだりに。
橋を渡ったあと、右へ。
このあと、真っ暗になったので、LEDのついたアームバンドとヘッドランプを装着。スマホのバッテリーが残り少ない。旅の参考図書・大高利一郎『増補改訂版 街道を歩く 甲州街道』の地図部分をコピーして持ってきてあるので、それを見て歩く。大まかな地図だが、見慣れているので使いやすい。明日からはもっと活用していこう。
この先はほぼ道なり。途中、諏訪神社の奥に一里塚がある。ただの土盛であまり風情がない。
18:00にルートインコート上野原に到着。昨日より長い時間歩いたが、疲れはない。すこしペースを落としたからか。ただ寒かった。
ホテルの部屋が煙草臭くてテンションさがる。夕食を買いにコンビニへ。けっこう遠い。昼間からカレーを食べたいと思っていたのでカレーを買う。飲むヨーグルトと行動食も。たんぱく質を摂りたくて6Pチーズも買う。
食欲はあいかわらず乏しい。
残りの日程の宿を予約する。これでもう逃げられない。
大浴場があるが、行く気になれずシャワーで済ませる。足の裏に豆はまったくできていない。足が仕上がっているということなのだろうか。履きなれた靴と靴下(Injinjiの5本指ソックス)がよかったのかもしれない。
歩くということについて考える。10歩とか20歩とか、それくらいの動作なら意識して制御できるが、20kmとか30kmとかを歩くとなると、もう一歩一歩をコントロールすることができなくなる。目に映る光景も、ひとつひとつを記憶に留めることが難しくなり、ただ量として認識されるようになる。
たとえば、ことば。単語ひとつくらいならまちがえずに書けるが、Twitterのたかが140字くらいで誤字脱字が生じたり、伝わりにくい箇所・誤解を招く表現が出てくる。これが本一冊になると、もう自分がどこに何を書いたのかもあやふやになる。AIでもなければ、これだけの量のことばすべてを把握することなどできない。
世界は量でできている。長い距離を歩いていると、そうした暴力的な量の中に放りこまれたような気分になる――積みかさねてきた膨大な歩数と、それをいくら連ねてもたどりつけぬ場所。
つらいけれども、世界の中に確かに自分があると感じることができる――卑小で、無力で、それでも自らの意志で世界を行く自分が。
だから私は歩くのだろう。
――こんな感慨をもって旅のまとめとしたいが、まだ行程の半分も来ていないのであった。嫌だ嫌だ。
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